火浦功 『大冒険はおべんと持って』<みのりちゃんシリーズ> ハヤカワ文庫 1987年1月出版


マイティ・マサコさんを独立で長編で書くという話は、どうなったのでしょうね。
火浦さんが書く「悪役の女性」「敵役の女性」って、みんな可愛い。
マサコさんも、アルタミラも(賛否両論?)、「ウィークエンド・ヒーロー」のヘルガ。
マサコさん、1986年3月に26歳ですから、今年40歳ですね。

・・・というわけで。無謀な企画、計画中!


『大征服はおべんと持って』<まさこさんシリーズ> by福娘紅子

彼の名前は山下。彼女の名前は雅子。
二人は、ごく普通のお見合いをして、ごく普通の結婚をしました。ただひとつ違っていたのは、奥さまは世界征服志望者だったのです!

   <なれそめ編>

 猫ケ丘ニュータウンのタウン誌『猫又ジャーナル』の編集長代理・山下。花のどくしんである。独りが一番気楽・・・のはずだった。
 入院中の編集長が、珍しく病院から電話をかけてきた。いつも特に指示は無く、山下の裁量で仕事をさせてくれていてのだが。山下は編集部のデスクで保留ランプの点滅する電話を取った。
「はい、代わりました、山下です」
「おまえ、見合いせんか?」
「・・・は?」
「わしは眼瞼内反で、あと半年の命だ。わしの後を継ぐ者が、いつまでも独りでぷらぷらしているのは困るぞ」
「眼瞼内反じゃ死にませんよっ!さかさまつげのことでしょうが!」
「口内炎も患っているぞ」
「・・・・・・。中耳炎も併発したら、考えときます」
「その職場じゃ、女性と知り合う機会もなかなか無いだろうに」
 痛いところをつかれてしまった。仕事で知り合えたのは、こーこーせーのマッドサイエンティストくらいで、可愛いコだが「女性」というニュアンスからは遠い。
「わしの友人が経営する猫又商事のOLでな。美人だが、真面目で浮いた噂も無い、いまどき珍しい娘さんだそうだよ。楚々とした着物の似合いそうな女性だそうだ。素人の襟足を拝みたくないかね」
 ライターにとって、何でも経験するのは大切なことだ。一回くらい見合いというのを経験してみてもいいかもしれない。・・・というのは表向きの理由で、山下の頭の中はすでに『素人の襟足』でいっぱいだった。

 見合いは猫ケ丘グランドホテルのレストランで行われた。仲人は、編集長と猫又商事の社長であった。社長にエスコートされて和服の女性が現れた時、山下はその美しさに一目惚れしてしまったのだった。冷たい美しさではなく、『いつかどこかで会ったような』印象を抱かせる女性だった。
 雅子はと言えば。苦手なコンタクトは、マイティ・マサコになる時だけにしておきたかった。だが、振り袖に眼鏡というわけにもいかず、裸眼0.05のままだ。相手の男ににっこりと笑いかけるが、はっきり言って輪郭しか見えていなかった。山下というのはありふれた姓である。まさか宿敵・みのりの『手下』(と、雅子は山下達を認識している)だとは思いもよらなかったのだ。
 あまり男性と接したことのない雅子だが、話をしていて、山下が好感の持てる人物なのは感じとれた。『どこかで聞いた懐かしい声』にも惹かれた。
「では、あとは若い人だけで」と、編集長達は場をはけた。編集長は、耳に絆創膏を貼り、右目に眼帯をしていた。口内炎が痛むらしく、せっかくのフルコースも喉を通らないようだった。あれでは本当に永くないかもしれない。山下は、編集長を安心させてやろうと決意していた。

 社長の顔を立てる為にした見合いだったが、雅子は、山下がいい人そうなので、ここらへんで「世界征服」をお休みして、結婚しようかしらと揺れていた。二十代後半の女性の心は揺らぎやすい(のだそうだ)。結婚して、子育てがひと段落ついたら、また「世界征服」を再開すればいい。扶養控除内になるよう、週4日だけ活動するのでもいい。
雅子は、山下のプロポーズを受諾した。

<なれそめ編・完>

 ☆ ちなみに ☆
見合いとは、恐ろしいシステムなのだそうだ。断るなら、最初に会ったその日に「仲人」を通して断る。見合いの後に二、三度会ったら「結婚OK」ということらしい。

 

  <マイティ・ママ編>

 そして月日は流れた。
 最初、雅子は、結婚後に眼鏡をして山下を見た時、みのりの手下と知って衝撃を受けたが、先の長い結婚生活ではそれはたいした事件でもなかった(ほんとかなあ?)。
 山下が、雅子がマイティ・マサコだと気づかないのも幸いしていた。2年後に可愛い男の赤ちゃんも産まれ、育児に追われながらも雅子は幸福だった。世界征服への夢は、暫くお休みすることにしていた。さほど焦りはなかった。
 みのりが、「高校生のマッドサイエンティスト」から、短大も卒業し「家事手伝いのマッドサイエンティスト」に変わったことが大きかったかもしれない。出来るOLだった雅子にとって、「高校生」と違い「家事手伝い」など怖くも何ともなかったからだ。

 息子の紀未(のりみ)は三歳になろうとしていた。休日も出勤する事の多い山下も、久しぶりに休みを取れた。家族三人で、紀末の誕生プレゼントを買いに、ネコザラスという玩具チェーン店へ出かけた。
「のーりーみ。勝手に行かないの!」
 広い倉庫のような店内を、紀末はちょこまかと駆け抜けて行く。そして、ヒーローの玩具コーナーで立ち止まった。
「ママ、ぼく、これがほちいな」
 紀末が指さしたのは、ゴーゴーファイブでも仮面ライダーオメガでもなかった。首にはためく白いマフラー。サングラス。額にさん然と輝く三日月。
「ぼく、大きくなったら月光仮面になるの」
 雅子の体に衝撃が走った。
 おじいさまが生きていたら、どんなに喜ぶだろう。この子にも、間違いなく月光仮面の血が流れているのだ。『あなたのひいおじいさまは、本物の月光仮面だったのよ!』雅子はそう叫びたい衝動を抑え、拳を握りしめた。
 ひゅうと、雅子の中を涼しげな風が通り抜けて行った。
『私も、やらなければ。おじいさまの復讐のために、世界征服の続きを!』

 翌日、紀末がお昼寝している間に、こっそりと例の衣装に袖を通してみた。いや、袖を通す部分など無いのだが(笑)。出産でついた脂肪は、育児で走り回るあいだにいつのまにか落ちていた。もともとすばらしいプロポーションだった雅子である。今でもこの露出度の高い衣装で十分イケていた。鏡を見ながら、雅子は「帝王切開でなくて本当によかった」と、裸の腹部をさすった。
 猫ケ丘市役所の保育課から、保育園入園の申込書も取り寄せた。名前や住所をひと通り記入していって、雅子の手はハタと止まった。
『入園依頼理由・・・』
A 両親又は保護者就労の為 B 保育者療養中の為 C 保育者(母親)出産の為
D その他(なるべく詳しく         )

 雅子の場合は「Dその他」であるが。「世界征服の為」という理由が、果たして保育課で通るだろうか・・・。
『子供を抱えて世界征服するのは、並大抵の苦労じゃないんだわ』
 雅子はペンを握ったまま、小さくタメ息をついた。

 <つづく>

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