☆ サンプル文章 ☆

シチュエーション・ノベルやクエスト・ノベルのライターを選ぶ時、サンプルとして表示される文章です。
「オープニング」が提示される商品(ライターが物語の発端を作って依頼主を待つタイプの商品)では、この文章は表示されません。
このサンプルを参考にしていただけたらと思います。

■サンプル1
 無人のアスファルト。シュト=ハイウェイが十字架(クロス)の影を作っていた。まるで月が地球に何かの刻印を押したようだと少年は思った。
 今夜の月は紅い。
 少年は膝を立てて座り直した。擦り減ったジーンズは、コンクリートの冷たさも硬さもそのままで伝えた。シャッターにもたれ掛かると、軋んで、錆びたブランコの音がした。確かにここは遊園地に似ているかもしれない。
 母親が、紅い月の夜を嫌っていたのを思い出す。だが、月が出ているだけマシってもんだ。
 少年はワークシャツの胸ポケットからハーパーを取り出した。店を飛び出した時、レジの横に並べてあったので数枚の札と一緒に頂戴したものだった。まだ半分は残っている。壜に直接口をつけ、金色の液体を喉に流し込んだ。乾きを癒すのではなく、暖をとる為だった。



■サンプル2
 男は部屋に足を踏み入れた。煌々と幾つもランプが灯る室内にいてもなお、少年は混沌という闇の中で、憔悴という名のソファに腰をおろしているように見えた。男に気づき、少年はかすかに肩を動かした。
「気分はどうだね?」
 少年は男のまとう空気でさえ見たくないというように、ぷいと横を向いた。肩にかかりそうな長い髪がふわりと揺れ、まだ幼さの残る頬を隠す。柔らかな布が包む肩はまだ細く、若さを感じさせた。
 ソファの両脇に立った兵士たちの敬礼に対し、男は肩にかかるマントをひるがえすと、黒い皮手袋の指を揃えて応えた。そして少年の前のソファに音をたてて座った。軍帽を目深に被ったままなので目の動きは見えない。足を組んだブーツの爪先が少年の膝に届きそうになって、少年は顔をしかめて深く座り直す。
「なぜ僕だけ軟禁なのですか。みんなは牢に入れられたそうじゃないですか」
 横を向いたまま、少年が言った。質問というより非難の口調だった。率直そうな黒い瞳は、涙ぐんでいるようにさえ見えた。
「君も牢に入れてほしかったか? 私のプライベート・ルームを特別に提供しているのだが、お気に召さないとは残念だね」
「…。少なくともここでは、みんながどうしているか知ることができません」
「別に拷問などされていないよ」
 男が肩をすくめてみせると、強い視線で睨み返してきた。男の言葉の中に『されていれば楽しいがね』というニュアンスがあるのを感じ取ったのだろう。
「君は『みんな』と言うが、気にしているのは女王どののことだろう。
 彼女はとても元気だ。元気すぎるほどで、看守が胸を触った触らないので頬を一発殴ったそうだ。
 牢の中でも背筋を伸ばして、ちゃんと女王様を気取っている」
「気取っているだなんて! ドーナは正真正銘の女王だ! カサルの気高い女王!」
 少年はムキになって身を乗り出した。
「そう。彼女はカサル星の女王。君は地球の人間だ。
 裁判は終わった。君は地球へ強制送還される」
「・・・・・・。」
 黒い瞳の瞳孔が絶望の色に染められた。少年は息を止めた。だが、再び顔を上げると男を睨み直し、言葉をほとばしらせた。
「イヤだ! 見届ける! ドーナのことを僕は見届けるんだ!」
 少年は拳を握って何回もソファのクッションを叩いた。髪が波うってなびいた。拳には焦りの証しのように、静脈の膨らみが幾筋も浮きでていた。
 男は、甲に浮きでた筋と一緒に、左手の小指の根元に踊る蝶に似たホクロを認めた。
『サトウ・ナオヤ。十五歳、か。愚かな少年だ』
 男は、少年が駄々をこねるようにソファを叩くのを、黙って眺めていた。



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