☆ 欲張りなサンタ ☆
三題話HP「虎が幸せになるために」に投稿した作品 ・・・ お題は「サングラス」「暗闇」「トナカイ」
ポラロイドがべーっと舌を出した。僕は深く椅子に座ったまま、サングラスを外した。
なんで自分の書斎でサングラスをして写真を撮らなきゃいけないんだ?
借り物のカメラを大切そうに抱えた佳奈子は、大きな机のむこう側で、まだ黒いままの写真をふーふー吹いていた。
「水彩画じゃないんだし、吹いても関係ないんじゃないのか?」
「気はこころでしょ」
そういう問題だろーか?
夜はまだ浅かったが、カーテンを引き忘れた窓からの風景は、街が凍えているように見えた。雪が降ったらホワイト・クリスマスだが、大人になった今ではそれも別に嬉しくもない。
今頃、繁華街では、クリスマス・ソングが賑やかに鳴りひびき、シャンパンやごちそうに酔いしれる人々がゾロゾロとたむろしていることだろう。
そうこうする間に、本棚をバックにした僕の写真の映像が浮かび上がってきた。
「あ、OKだわ。いい男に写ってるわよ。
私の意見を聞いてその地味な目を隠した御陰で、『サングラス三人衆』ってキャッチフレーズもつけてもらえたし、本も売れてファンもついて、万々歳よね」
佳奈子の台詞は、いつも自己完結している。僕の目の前で喋ってはいるが、決して僕に話しかけているわけでも、意見を求めているわけでもない。
僕、郷田司は、『木瓜郷』というペンネームのあまり有名ではないSF作家だ。出版社が勝手に、サスペンスの大御所・ハバナ上戸とエロ小説の大家・新田達郎と共に『サングラス三人衆』などと銘打って売出しやがった。佳奈子が編集長に入れ知恵したらしい。
隣の家の幼なじみ、金沢佳奈子は今では編集者で、夏頃から僕の担当になっていた。原稿の取り立てに便利だという、ただそれだけの理由で。
「作者近影の撮影も終わったしー、さて、木瓜先生、原稿は?」
「だってカナちゃん、今夜はクリスマス・イブじゃないかあ。こんな日にまで仕事しろなんて、鬼のようなこと、言わないよね?」
「甘えたい時だけ『カナちゃん』って呼ぶの、子供の頃から変わってないわね。成長のない人。……で、原稿は?」
「僕が人の見てるところで書けないの、知ってるだろ。イエス・キリストに誓って、寝ない・逃げないと約束するから、家に帰って待機しててくれよー」
「……『そして佳奈子さんは、自分の部屋からそっと司くんの部屋を覗いてみました。司くんは鶴の姿でワープロを打っていたのでした』って?」
「実は、クリスマス・プレゼントを、君のおかあさんに渡してあるんだ。服だよ。気にいってくれるといいんだけどな」
「……それを早く言ってよ」
そう言った時、すでに佳奈子はカメラを抱えてドアを開けていた。
「一人にしてあげるけど、もし部屋の電気が消えたり、不穏な動きがあったら、即座にベランダから直行して、殴ってでも起こすから覚悟しといてよ」
佳奈子は騒々しく部屋から退場した。
あいつは、イブだというのに、デートする男もいないのだろうか。今年も家族とフライドチキンを食べるらしい。情け無いぞ。
二十年も前の話だが、僕は佳奈子のことが好きだった。千葉県茨市立棘台幼稚園の黒薔薇組の頃のことだ。もう笑い話だけどね。
佳奈子は絵本が好きで、幼稚園でもよく広げていた。その頃からお話を作るのが好きだった僕は、時々、スケッチブックに、下手な絵と、所々鏡文字になったひらがなで絵本を作ってあげたものだ。
冬の初めのある日、僕が、絵本を凝視する佳奈子の手元を覗き込むと、それはサンタクロースのお話の描かれたものだった。
「ねえ、司ちゃん。この袋の中ってなあに?」
「これは……プレゼントが入っているんだよ」
佳奈子は、くりんとした瞳をますます丸くし、睫毛を何度もしばたかせた。
「この大きな袋、全部?」
「そうだよ。全部、プレゼントだよ」
佳奈子は瞳をきらきら輝かすと、
「カナ、大きくなったらサンタクロースになるー!」と、拳を握ってすくっと立ち上がった。
何か、勘違いをしていないか?
しかし、恋をしていた僕は愚かだった。
「僕は、トナカイになるー。カナちゃん、一緒に世界中をまわろう?」
その後すぐ全員のお遊戯の時間になり、佳奈子の返事は聞けなかった。
中学一年の一学期。学活の時間に、僕等は、希望の進路についてプリントに記入をした。その時、佳奈子は同じクラスでしかも前の席だった。肩ごしに覗き込むと、『進みたい方向』には文系に丸がつけられ、『希望する職業』には、『編集者』と、何の迷いも無い黒々とした大きな字で記入されていた。僕はと言えば、どちらかといえば理数系の方がマシだったので理数系に丸をし、『エンジニア、教師、サラリーマン』と曖昧な答えを書いた。冗談で『トナカイ』とも書いたが、もちろん消した。
同い年で家が隣の異性なんて、うっとおしいだけの時期が続いた。中学では、お互いわざとつっけんどんに接した。高校は別になり、道で会っても挨拶さえしなくなった。僕の初めて書いたSF小説が選外佳作に引っかかった頃、コンビニで会った時に久し振りに話をしたっけ。僕は大学を中退して作家になり、彼女は希望通り出版社に就職した。そして、友達なんだか仕事の付き合いなんだかわからないまま、現在に至る、というわけだ。
ワープロの前に一応座ってみたものの、仕事をする気にはとてもなれない。実は、プレゼントを佳奈子がどう思ったかが気掛かりだったのだ。
『答えはノーでもいいんだ、はっきりと決着をつけておきたかっただけなんだから』
自分にそう言い聞かせてみるものの。
「電気を消したら、ほんとにベランダから飛び込んで来る気かなあ」
僕は試しにスイッチを切ってみた。部屋を暗闇が襲った。目をつむった時みたいに、闇の中を細い線の模様が動きまわっている。
「いてっ!」
くーっ、机の角に脇腹をぶつけた。けっこう効いた。僕はうずくまった。
「こらーっ! 寝るなーっ!」
声のした窓の方を見ると、どうやってベランダを飛び越えたのか、佳奈子がドンドンとガラスを叩いて叫んでいた。
しかも……。真っ赤な、サンタクロースの衣装をつけ、赤い帽子まで被っていた。渋谷の○急ハンズで買った、僕からのクリスマスプレゼントだ。そして、手には……。僕が買い物に行った時にもあった、トナカイのツノのついたカチューシャをしっかり握っていた。ツノに赤いリボンが結んである。僕へのプレゼントなのだろうか?
僕は、脇腹を抑えながら、あわててベランダの窓の鍵を開けた。
佳奈子は飛び込んで来るなり、こう叫んだ。
「新婚旅行は、世界一周へ連れてけよーっ!」
こいつの欲張りは、一生治りそうにない。
<おしまい>
ついにやってしまった本人のパロディ。でもこの時はまだパロディでなかった(と思う)。続編を書いた時点で、この作品もパロになってしまった。
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