☆ 先生と私 ☆
三題話HP「虎が幸せになるために」に投稿した作品 ・・・ お題は「競馬場」「セロリ」「百科事典」
N競馬場から南船橋駅まで続く道。この道を歩く者は三種類しかいない。
勝った者。負けた者。そして、ららぽーとで買い物をした者。
「バカヤロウ、おまえのせいだぞ」
サングラスの男が、連れをこづいた。
『いたた。痛いじゃないですか、何するんですか』
「なにが『百科事典約157倍のデータ量』だ。おまえなんて当てにするんじゃなかった」
『データ量に関しては間違いではありません。正しくは『ブリタニカ百科事典全17巻の約157倍』ですけどね。私はイギリスで競馬が発祥して以来、「競馬」と名前が付くもののすべてのデータを保存してあります。問題は、そのデータを分析した人間の方にあります』
「ってーと、おめえは、はずれたのは俺の責任だって言うのか!?」
男は、連れのレッグ部を思い切り蹴飛ばした。
『いたたた』
「いたたた」
二人は同時に足を押さえてケンケンをした。生身の人間のくせに機動兵器を蹴飛ばして痛がる男も利口ではないが、人間に蹴られて痛がる機動兵器も軟弱すぎる。
『こんなところで遊んでないで、早く帰りましょう。昨日が締切りだったんでしょう』
「電車、混んでるだろうなあ。おまえが空さえ飛べればなあ…」
『もしかして、最新刊の前振り、あれは構成上の演出というより、先生の願望だったわけですか…?』
先生と呼ばれたサングラスの男はそれには返事せず、「混んだ電車にこんな大きな手荷物を持ち込んだら顰蹙だ。おまえは歩いて帰れ」と言うと、駅への歩を早めた。
『手荷物…辛苦を共にした私を、先生はただの手荷物と?』
切符売り場前で呆然とたたずむ機動兵器(はっきり言ってジャマ)を残し、『先生』はとっとと改札を通っていく。
機動兵器にはもちろんナビゲーション・システムは搭載されていた。しかし、マップデータは旧世界のものだった。
『内藤新宿ってどこだ?』 『三井越後屋はあれか?』
江戸時代の地図を頼りに、なんとか先生のマンションにたどり着いた。
先生は珍しく仕事をしていた。
「帰った早々悪いが、茶ァ入れてくれ。いや、何か食いたいな」
先生はモニターから顔を離さずに言った。ねぎらいの言葉などが混じるのは珍しいことだ。調子がいいらしく、機嫌もいい。
『では、とりあえず、これを』
機動兵器は、仕事の手を止めずに食べられるものをと気遣い、スティックサラダをグラスに盛り付け、パソコンの横に置いた。先生は視線をモニターから移動せずに食べ物に手を伸ばし、手に取ったのがセロリだとわかると「なんだ、これは!」と放り投げた。
「セロリなんか入れるな!オレが嫌いなのを忘れたのか!」
『にんじんもきゅうりも入っているのに、セロリを取っちゃうなんてねえ。競馬も負けたし、今日はよほどくじ運が悪いんですねえ』
「にんじんもきゅうりも嫌いだ」
『全部はずれくじですか。予想以上に運が悪いですね』
「ハズレばかり入れたのは、てめーだろうがっ!…作り直せ」
『いいじゃないですか、どうせ味は全部シメサバなんですから』
「シメサバも嫌いだ」
『…。』
仕方なく出前を取る機動兵器であった。
『並二つお願いします。一つはシメサバの変わりに穴子を入れてください』
締切りを数日過ぎて先生の原稿は無事完成した。
「おい、今から編集が来る。おしいれに隠れろ」
『そんなあ。隠し妻じゃあるまいし。それに、私が押し入れに入れるサイズだと思ってるんですか』
「じゃあ、ベランダに出てろ」
『ええーっ!雨が降ってますよぅぅぅ』
ピンポーン!
「ほら、来ちまった。早く行け!」
担当は完成原稿に目を通すと、満足そうにうなずき、お茶を飲み干した。
「確かに受け取りました。今回もいい出来ですね」
「恐れ入ります。締切りに遅れてすみませんでした」
「いえ、そんなこと。先生の連載、評判がいいんですよ。ガ○ディーンの行動や心理がリアルだって。まるで一緒に暮らしてるみたいだって」
「いやあ、ありがとうございます」
先生は、あははと頭をかいた。
『せんせいっ、寒いですぅぅぅ』
ベランダで膝を抱える機動兵器の肩に、雨は容赦無く降り注ぐのであった。<おしまい>
いけないと思いつつ、またやってしまった本人のパロディ。
でも、この作品の「先生」は、H浦功というより、私の作品「香りの庭から」(旧タイトル「恋の腕まくり」)の藍澤有理に似てる。性格が悪くて自分勝手なところとか。
「香りの庭から」に興味がある方は、こちらへどうぞ。
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